私は過去2回犬を飼ったことがあります。いずれも雑種で中型犬、そして保護犬でした。雄と雌の違いくらいで、あとは同じように飼育していました。
今のようにしつけについての認識はほとんどない時代でしたので、今から考えると、ほったらかし状態だったと思います。
最初の犬はよく鳴いて、困っていました。あまり鳴いてうるさいときは、鎖を放していました。今から思うと、ご近所迷惑なことでした。
2番めの犬は、吠えることはありませんでしたが、興奮すると頭に血がのぼって、周囲が見えなくなっていました。また、寂しい時や心細いときは、限りなく「くーん、くーん」と鳴き続けました。
1番目も2番目の時も、散歩のしつけを知りませんでしたので、犬に飼い主が引っ張られていたのです。
1番目の犬の時私は小学生で、よくあるでしょうが、初めの頃だけ世話をしただけでした。いつの間にかやらなくなって母世話を任せきりでした。2番めの犬の時は、私が社会人になってからで、1番目の時の反省から私が全面的に世話しました。
どちらの犬も大好きで、可愛がりましたが、1番目の犬は自分が責任を持っていなかったので、本当に可愛がったとはいえないと思っています。
その意味で2番めの犬は、自分で責任を持っていたつもりなので、もう死にましたが、やれることはやったという感覚が残っています。
私が失敗だったと思い、悔やんでいることは、犬には人間の言葉がわからず、人間同士のようなコミュニケーションは取れないと思っていたことです。従って、しつけもできるものではないと思い込んでいました。
しつけとは人間の都合で、犬を強制的に従わせるものだと思っていたのです。しつけは犬が人間との社会生活を営む上で、犬にとっても快適に過ごしていくための訓練だという認識があればよかったと思います。もっと犬の能力を知り、信頼してあげなければいけませんでした。
今は動物を飼っていませんが、他所の犬や猫に触る時は、声かけするようにしています。
人間の赤ちゃんが親にたくさん声をかけてもらうことで、他人や社会、また自分の気持ちを言葉で認識できるようになるのに似ていると思います。
多くの飼い主が無意識のうちにやっているだろうコミュニケーションができずにいて、とても残念です。